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東京地方裁判所 平成8年(ワ)11552号 判決

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

福岡清

平田厚

川上俊宏

右訴訟復代理人弁護士

石原康人

被告

太平洋証券株式会社

右代表者代表取締役

吉野準一

右訴訟代理人弁護士

田中慎介

久野盈雄

今井壮太

安部隆

田原彩子

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  主位的請求

1  被告は、原告に対し、別紙株券一覧表の番号1、2、3の2、4、6、7、9、11、14、15、18、19及び21の各株券を引き渡せ。

2  被告は、原告に対し、一二二一万八六八四円及びこれに対する平成八年三月六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  予備的請求

被告は、原告に対し、六六〇七万三二六六円及びこれに対する平成八年三月六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、株券を窃取されたとする原告が、第三者から当該株券の売却取次の委託を受け、売却を実行した証券会社である被告に対し、被告が占有する株券の所有権に基づきその返還を求め、あるいは、原告が株券の所有権を失ったのは右第三者が権利者であることを確認せずに売却を実行した被告の過失によるものであるとして、不法行為による損害賠償を求めている事件である。

二  争いのない事実等

1  被告は、証券取引法二八条に基づき大蔵大臣の免許を受けた証券会社であって、全国に約五〇箇所の店舗を有している(争いがない。)。

2  原告は、別紙株券一覧表記載の株券(以下「本件株券」という。)を所有していたところ、平成八年二月六日午後二時ころから五時ころの間に、自宅の金庫内に保管していた右株券を何者かによって窃取され、占有を損失した

3  被告は、乙川次郎こと△△次郎(以下「乙川」という。)から本件株券の売却取次の委託を受けて、平成八年三月六日、これを売却し、同月一一日、売却代金を同人に交付した(争いがない。)。

4  被告は、現在、本件株券のうち、別紙株券一覧表の番号1、2、3の2、4、6、7、9、11、14、15、18、19及び21の各株券(以下「被告占有株券」という。)を占有している(争いがない。)。

三  争点

原告は、被告に対して、主位的請求として、株券の所有権に基づき被告占有株券の引渡しを求めると共に、被告が乙川の売却取次の委託を実行した結果本件株券のうち被告占有株券を除いた株券の所有権を失ったとして不法行為を理由に損害賠償(価格相当額一二二一万八六八四円)を求め、予備的請求として、被告占有株券の所有権も失ったとすると被告の不法行為により本件株券全部の所有権を失ったとしてその価格相当額六六〇七万三二六六円の損害賠償を求めている。

これに対して、被告は、売却の実行により第三者に善意取得されたので、原告は被告占有株券の所有権を失っている、また、被告の委託売却の実行には過失がなく、被告は損害賠償義務を負わないと主張している。

したがって、本件の争点は、(一) 原告は、被告占有株券の所有権を失ったか、(二) 被告の売却取次の委託の実行は原告に対する不法行為となるか、の二点である。争点に関する当事者の主張の要旨は次のとおりである。

1  争点(一)について

(被告の主張)

本件株券については、平成八年三月一一日に売却され、株券等の保管及び振替に関する法律(以下「保管振替法」という。)に基づく保管振替機関である財団法人証券保管振替機構(以下「保管振替機構」という。)によって振替手続が行われた結果、本件株券の占有は買受人に移転し、買受人の善意取得が成立しているので、原告は、被告占有株券を含む本件株券の所有権を喪失している。したがって、株券の所有権に基づく原告の請求は失当である。

(原告の主張)

仮に買受人に善意取得が成立しているとしても、被告は、自らの過失によって本件株券についての原告の所有権を喪失させたものであるから、善意取得による保護を受けるべき立場にはなく、被告占有株券を現に占有している以上、被告はこれを原告に返還すべきである。

2  争点(二)について

(原告の主張)

(一) 物の売却の依頼を受けた者が、その物が依頼者の所有ではないことを知り、あるいは当然知り得る立場にありながら、これを売却して善意取得を生じさせ、所有者の所有権を喪失させることは所有者に対する不法行為を構成するが、証券市場における株券の売却は証券会社でなければすることができず、また、証券会社が株券の売却の取次委託を受けてこれを実行すると善意取得が成立する蓋然性が高いから、証券会社としては、盗難株券を市場に流通させて真実の所有者の権利を侵害しないようにすべき注意義務を負っているというべきである。すなわち、売却の取次委託を受けた株券自体から盗品その他不正に入手したものであることが一見して推知される場合はもちろん、顧客の職業上の地位、従来からの取引の態様、その間に判明した信用度、新たに委託された取引内容・取引高、委託を受けた株券の種類・名義・券面額等からみて、株券が顧客自身の調達の限度を超え、他から不正入手したものである疑いが濃厚である場合には、証券会社は、その疑念の程度に応じて顧客に質問し、あるいは自ら確認調査するなどしてその疑念を解消した上で、売却委託を実行する義務があるというべきである。

(二) 本件においては、委託された株券は二三銘柄、売却代金にして六六〇〇万円余の大量取引であったこと、株式市場で買い付けたのであれば名義人が一致するはずはないのに、本件株券はすべて原告の名義であったこと、乙川は外国人であり、株式市場外で原告から買い受ける蓋然性は極めて低いこと、乙川が多数の株券を所持しているのであれば当然に取引をしている証券会社があるはずなのに、全く取引実績のない被告に持ち込んでいることなどからすれば、被告としては、本件株券が不正入手されたものであることを疑い、確認調査をすべきであった。

(三) そして、右確認調査は、株券の盗難にあった者は名義書換代理人に盗難の事実を申告することから、各株券の名義書換代理人たる信託銀行等に問い合わせる方法によって行うべきである。一般の証券会社は、日常の調査事項としてこれを行っており、この問い合わせを行えば株券が事故株券であるかどうかを容易に知ることができる。被告は、FIRSTセンターの事故株券照会業務による照会を行っているが、右センターに事故株として登録されるのは、原則として官報公告された情報に限られており、FIRSTセンターに対する照会は、確認方法としては不十分なものである。

(四) 被告は、乙川から本件株券の売却委託を受けたものの、真の権利者からの委託であるか否かについて特段の確認調査をすることなく売却を実行し、原告の本件株券に対する所有権を失わせたものであって、少なくとも過失があることは明らかである。

(被告の主張)

(一) 乙川は本件株券の無権利者ではないから原告の主張は失当である。

(二) 仮に乙川が無権利者であったとしても、被告には過失がなく、損害賠償義務を負わない。

すなわち、昭和四一年の商法改正によって、株式の譲渡は株券の交付のみによることとされ、株券の占有者はその適法の所持人と推定されることとされたが(商法二〇五条)、これは株式流通の円滑を優先し、動的安全をより保護すべきとの趣旨に基づくものである。同時に、社会通念上も株券のような重要な財産は権利者自らが厳重に管理していることを期待し得るものであり、通常、株券の所持人は真の権利者である蓋然性が高いから、それを信頼することに合理性があるとの判断による。また、証券取引法は、投資者の保護を立法目的として掲げているが、そこにいう投資者の保護とは、投資者がその自己責任と自主的判断で公平かつ公正な取引を行う機会を確保することを意味するのであって、静的安全の保護を目的としたものではない。委託者が無権利者であることが一見して明らかな場合には、証券会社は委託を拒否することがあり、これによって結果的に権利者の静的安全が守られることがあっても、そうだからといって、証券会社が静的安全のための注意義務を負担しているものではない。証券会社としては、常に変動する相場によって価格の決定をする株式等の有価証券の売買の取次を業とするから、投資家からの売却委託を遅滞した場合には債務不履行の責を負うことにもなるのである。株券の占有者は、前記のとおり適正の所持人と推定されるのであるから、証券会社はその所持人の実質的権利の有無を調査する義務はない。

(三) とりわけ、本件においては、被告は、委託者である乙川の本人確認を行っており、乙川において何ら不審な態度を示しておらず、乙川の権利者性を疑うべき事情は全くなかったし、FIRSTセンターに事故株券であるか否かの照会を行った上で売却を実行したものであって、被告には何らの注意義務違反もない。

第三  判断

一  原告は、当初本件株券の所有権に基づきその引渡しを求めていたところ、本件第三回口頭弁論期日において、現在の主位的請求、予備的請求とに交換的に訴えを変更した。現在の主位的請求は、被告占有株券の所有権に基づく引渡請求と被告占有株券以外の株券の所有権が失われたことによる不法行為を理由とする損害賠償請求であり、予備的請求は、本件株券全部の所有権が失われたことによる不法行為を理由とする損害賠償請求であるところ、被告は、旧訴と新訴との間には請求の基礎に同一性がないから訴えの変更を認めるべきでないと異議を述べた。しかしながら、旧訴も新訴も、何者かによって窃取された原告の本件株券を被告が売却の取次委託を受けたという同じ社会的経済的事象を原因とするものであるから、旧訴と新訴との間に請求の基礎に変更はないものと認めるのが相当である。被告の異議は理由がない。したがって、以下訴え変更後の原告の請求について判断する。

二  証拠並びに弁論の全趣旨によると、被告が本件株券の売却委託を実行した経緯等について、以下の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

1  原告は、海運会社を経営する者であるが、平成八年二月六日の午後、何者かによって、自宅の金庫に保管していた本件株券を他の金品と共に窃取された。本件株券の最終名義人はいずれも原告であり、各株券の裏面には原告の氏名若しくは原告の通称名である「甲野一名」が記載されていた。

2  本件株券の盗難を知った原告は、直ちに警察に被害を届けると共に、名義書換がされないよう各株券の名義書換代理人に盗難の事実を連絡した。そして、各名義書換代理人に株券発行証明書を出してもらい、同年二月一一日と同月一四日に警察に盗難届を出した。

3  乙川は、同年三月四日(月曜日)の午後三時半すぎころ、本件株券を持参して被告の新宿東口支店を訪れ、株を売却したい旨申し入れた。なお、乙川は、その一週間ほど前にも同支店を訪れ、株売却の手続をしたい旨申し入れたことがあったが、株を売却するためには、保護預かり口座を開設する必要があるところ、当日は乙川が右口座開設のために必要な印鑑を持参していなかったため、口座開設の手続ができなかった経緯があった。

4  乙川の応対に出た被告新宿東口支店の投資相談課主任若林邦彦(以下「若林主任」という。)は、乙川が提示した外国人登録証明書の写真で客が乙川本人であることを確認した上、右登録証明書のコピー(乙二)を取った。また、若林主任は、乙川に保護預かり口座設定申込書(乙一)の氏名欄、住所欄、職業欄を記載させ、届出印欄に乙川の印鑑を押捺してもらった。若林主任は、外国人登録証明書によって乙川が韓国人であることを知ったが、同人がスーツにネクタイ姿であったことや流暢な日本語を話したことから立派な紳士であるとの印象を受け、取引等には何ら支障がないものと判断した。なお、乙川は、運転手として男性一名を連れていた。

その後、若林主任は、相談課の女子職員、被告新宿東口支店の小川信次総務課長と共に、本件株券につき偽造・変造の有無の確認を行った。その際、本件株券の各裏面に記載された名義人が乙川と異なっていたため、若林主任は、乙川に対し、本件株券はどのように求めたかと尋ねたところ、乙川は、人から正規に譲り受けたものである旨答えたため、それ以上の質問はしなかった。また、小川課長も、若林主任とは別に若林主任と同様の質問を乙川にしたが、そのときも乙川は若林にしたと同様の答えをしたため、小川課長もそれ以上は尋ねなかった。四〇分ないし五〇分をかけて確認を終えた後、若林主任は、本件株券を経理に回して預かり証を作成してもらい、この預かり証と引換えに本件株券を乙川から預かり、売却価格等について乙川の意向を聞いた。乙川は、成り行きで売却し、売却代金は現金でもらいたいと答えた。同日の午後五時すぎころにはこれら一連の手続が終わったが、若林主任は、最後に、証券会社が新規の客から株券を入庫した場合には株券が盗難等の事故株かどうかをチェックする必要があり、そのチェックが完了しないと売却できない旨を乙川に説明したところ、乙川は、これを了解して帰っていった。乙川は、この間、終始落ち着いた態度であり、アメリカに留学したことがあることや家族の話などを若林主任らにしていた。

5  被告では、新規の客から売却委託を受けて株券を受け入れた場合、FIRSTセンターが行っている「事故株券照会システム」に当該株券が事故株券として登録されているかどうかを照会することにしているが、これは、株券を受け入れた支店等が「事故株券確認依頼書」に銘柄コード、銘柄名、記号番号、売却又は入庫の区分を記入し、これを本店の証券管理部にファックスで送信し、それを受けた証券管理部がFIRSTセンターに事故株券か否かを照会し、その回答結果に基づき株券を受け入れた支店等に事故株券か否かを回答するという方法で行っているものである。

乙川が帰った後、小川課長は、本件株券について事故株券確認依頼書(乙二四の1から乙三二まで)を作成してこれをファックスで被告本店の証券管理部に送った。

6  被告証券管理部は、FIRSTセンターへ本件株券が事故株券として登録されているか否かを照会したが、右センターには本件株券はいずれも事故株券として登録されていなかったため、同月六日午前八時三〇分ころ、新宿東口支店に事故株券ではない旨回答した。そこで、被告新宿東口支店は、同月六日中に本件株券の売却を実行した。なお、本件株券のうち、取引所が定める単位株券については市場において売却され、単位未満株券については店頭取引で単位未満株券を扱う三澤屋証券株式会社に売却された。

売却後、若林主任は、予め聞いていた乙川のポケットベルを通じて乙川と連絡を取り、本件株券が売却できたことを報告すると共に、売却代金の支払は同月一一日になるが、どのように受け取るかを尋ねたところ、乙川は、新宿東口支店に取りに来ると答えた。被告は、同月一一日、被告新宿東口支店に売却代金を受取に来た乙川に本件株券の売却代金全額を交付した。

7  被告は、決済日である三月一一日、売却した本件株券を保管振替機構に提出したが、同月一九日以降本件株券の一部について事故株券であるとの申出を受けたため、被告は、本件株券と同銘柄の株式を市場から買い付け、これと被告占有株券を引き換え、被告占有株券を占有するに至った。

8  FIRSTセンターは、証券会社及び投資信託委託会社と信託銀行間で行う有価証券取引等に関する各種データ交換の共同集配信業務、株券の事故の有無を照会する事故株券業務などを行うことを目的として構築されたシステムであり、加盟する証券会社、信託銀行、投資信託会社が運営協議会を組織し、実際の業務は運営協議会から委託を受けたNTTデータ通信株式会社が行っている。

FIRSTセンターの事故株券照会業務が扱う事故情報は、除権判決済情報、公示催告中情報が主なものであり、その他に悪質な株券盗難事件が発生すると警察から証券業協会に手配依頼がされた場合、証券業協会の依頼に基づき登録されることがあるが、これは警察に盗難届がされたもの全部について行われるものではなく、現に本件株券については登録されなかった。また、除権判決情報、公示催告中情報は官報に掲載されたものが登録されるものであり、盗難被害者から名義書換代理人に対して盗難届がされてもそれだけでは事故株券として登録されず、したがって、盗難被害にあっても、公示催告の申立てがされ、更に官報に掲載されるまでの間は、警察の手配依頼に応じた証券業協会の依頼に基づき登録される場合を除き、FIRSTセンターに事故株券照会を行っても事故株券との回答はされないことになる。

三  そこでまず、被告占有株券の所有権について判断する。

1  平成八年三月六日、被告占有株券を含めた本件株券全部が乙川から委託を受けた被告によって第三者に売却されたことは前記認定のとおりである。

2  ところで、保管振替法の下における株券の振替決済制度においては、参加者である証券会社がその顧客から売却委託を受けて株券の預託を受けると、当該株券は保管振替機関に再預託されることになる。証券会社は、顧客口座簿に顧客の氏名、住所、株式の発行会社の商号並びに株式の種類及び数などを記載しなければならないが、株券がまだ証券会社にとどまっていても、顧客口座簿に右記載がされると保管振替機関に預託されたものとみなされ(保管振替法一六条四項)、顧客はその口座の株式の数に応じた株券の占有者とみなされる(同法二七条一項)。また、保管振替機関は、参加者口座簿を備え、これに参加者が預託した株券(顧客から預託を受けた株券を含む)の、参加者自己分と顧客預託分の別、会社の商号並びに株式の種類及び数などを記載することになる(同法一七条二項)。そして、保管振替機関に預託された株券が売買されると、売り方の参加者口座簿、顧客口座簿から売却された分の株式につき減額記載され、買い方の参加者口座簿、顧客口座簿に増額記載がされる。この振替の記載がされると、株券の交付があったのと同一の効力を有する(同法二七条二項)。

3  これを本件についてみるに、証拠によると、保管振替機関である保管振替機構の参加者口座簿上、平成八年三月一一日の売買によって被告占有株券は被告から買い方の参加者(証券会社)への振替が記載されたことが認められる。

そうすると、被告占有株券についても、右の振替記載によって売り方である被告から買い方側に株券の交付があったと同一の効力が生じるから、被告占有株券は、これを買い受けた者によって善意取得されたものと解すべきであり、そうだとすれば、仮に本件株券の占有が原告から乙川に至る間に善意取得が生じていなかったとしても、右売却の時点で、原告は、被告占有株券の所有権を失ったものといわざるを得ない。

4  したがって、被告占有株券の所有権が原告にあることを前提とする原告の株券引渡請求は失当といわざるを得ない。

四  次に、原告の損害賠償請求について検討する。

1 一般に、他人の所有物を無断で処分することは、占有回復を困難にするだけでなく、善意取得制度の適用のある場合にはその所有権も失わせることにもなるから、違法な行為であることは明らかであるところ、所有者の意思に反してなされる処分行為を取り次ぐ行為も、その情を知り、又はこれを知り得べきであったのに過失によりそれを知らずに行った場合には、同様に違法というべきである。したがって、一般的には、物の処分を委託された者は、委託者が真の権利者であるかについて注意を払う必要があるといえる。また、株券を証券取引所において売買取引を行うことは証券取引所の会員たる証券会社に限られていることや(証券取引法一〇七条)、株券が証券会社を通じて売買された場合には、当該株券は買受人によってほぼ確実に善意取得されることなどを勘案すると、証券会社は、証券会社を通じて行われる取引が不正に取得された株券の処分やいわゆるマネー・ロンダリング、脱税などに安易に利用されないようにする社会的責務を負っているというべきである。東京証券取引所定款等は、証券会社が有価証券の売買取引等の委託を受けるときは、あらかじめ顧客の住所、氏名等を調査し、あるいは本人であることにつき確認することを証券会社に義務付けているが、これは右の趣旨に出たものと解される。

他方、株券の占有者は適法の所持人と推定され(商法二〇五条二項)、株式を譲渡する場合も株券を交付するだけで足り(同条一項)、株券を取得した者に悪意又は重大な過失がない限り善意取得が認められるのであるが(同法二二九条、小切手法二一条)、これらの制度は、株式の流通性を促進し、取引関係に立った者の安全性を重視するものにほかならないから、証券会社が株券を所持する者から株券の売却の取次の委託を受ける場合においても、委託者が権利者であることにつき疑問を抱かせる特段の事情がある場合以外は、委託者が適法の所持人であるとの前提に立って対応すれば足りるものというべきである。

結局、証券会社としては、委託を受けてする株券の売却が犯罪行為に利用されないようにすべきではあるが、それは主として委託者が本人であるかどうかを確認することによって行われるものであり、特段の事情がない限り、進んで委託者の権利者性を疑って行動する必要はないというべきである。

2  右のような見地に立って本件をみるのに、原告は、本件においては、委託された株券は二三銘柄、売却代金にして六六〇〇万円余の大量取引であったこと、株式市場で買い付けたのであれば名義人が一致するはずはないのに、本件株券はすべて原告の名義であったこと、乙川は外国人であり、株式市場外で原告から買い受ける蓋然性は極めて低いこと、乙川が多数の株券を所持しているのであれば当然に取引をしている証券会社があるはずなのに、全く取引実績のない被告に持ち込んでいることなどからすれば、乙川が本件株券を不正入手したものであることを疑い、確認調査すべきであったと主張する。

3  なるほど、本件株券の銘柄が二三銘柄に及び数量も売却価格が六〇〇〇万円を超えるほどの数量であり、本件株券の裏面にはすべて通称名も含めて原告の名前が記載されていたことは前記認定のとおりである。また、本件株券の中には多数の単位未満株が含まれているが、このことや名義人が全部同一であることは、本件株券が証券取引所を経由しないで取得されたことを物語っているということはできる。

しかしながら、例えば、株券が金融等の担保として用いられることは必ずしもまれなことではなく、その場合には担保流れなどにより証券取引所を経由しないで株券の所有権が移転することになるから、同一名義人の多数の株券を所持していたことのみから乙川の権利者性を疑うべきだとはいえない。また、右のような例を考えれば、乙川が外国人であることや本件株券の中に多数の単位未満株があることも、権利者性を疑う事由とはならない。資産を有する者であっても株式投資をしない者もいるであろうから、多数の株券を持ち込んだ者が取引証券会社を持っていなかったとしても不自然であるとまでいえない。右に加えて、前記認定の事実、すなわち、乙川は、外国人登録証明書によって身分を明らかにしていただけでなく、被告の新宿東口支店において終始落ち着いた態度で若林主任らに対応していたことなどの事情も勘案すれば、本件において、被告が乙川の権利者性を疑わなければならない特段の事情があったとまではいえないというべきである。

したがって、乙川から売却の取次委託を受けた被告がFIRSTセンターの事故株券照会システムに照会した以外に特段の調査確認をせず、FIRSTセンターの事故株券照会システムが原告主張のように権利者の静的安全を護る上では必ずしも十分な機能を有しないとしても、本件株券の売却を実行した被告に過失があったとはいえないというべきである。

4  その上、乙川が本件株券の権利者ならば、そもそも被告の売却行為が不法行為を構成するということはないところ、前記のように株券の占有者は適法の所持人であることが推定されるのであるから、乙川が権利者でないことについては原告においてこれを主張・立証すべきであるが、本件全証拠によっても、乙川がいかにして本件株券を取得したのかは判然とせず、乙川が本件株券の権利者でないとの心証を抱かせるに十分とはいえない。この点から見ても、原告の主張は理由がないものといわざるを得ない。

五  以上によれば、原告の本訴請求は、主位的請求、予備的請求のいずれも理由がないというべきである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官・大橋弘)

別紙株券一覧表〈省略〉

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